P.F.ドラッカー『マネジメント 第26章』【要約】

‐第26章 社会的責任を縛るもの まとめ‐

経営者は自分がマネジメントする組織に仕えており、何よりもまず、その組織に責任を負うべきである。彼らの第一の務めは、組織が役割を果たし、存在目的を達成できるようにすることである。何よりも無責任なのは、社会的責任という謳い文句のもと、能力不足や権限の逸脱により、組織が十分な成果をあげられなくなること。そのような社会的責任を求められた場合は、断じてノーとはねつけるべきである。

 

本章からの抜粋は以下とした。

1. 経営者の第一の責任

・経営者は僕(しもべ)である。彼らは、自分がマネジメントする組織に仕えているのだ。このため、何よりもまず、その組織に責任を負うべきである。彼らの第一の務めは、組織が役割を果たし、存在目的を達成できるようにすることであり、これは企業、病院、大学など、どの組織においても同じである。

・組織がその具体的使命を十分に果たすことは、社会の第一のニーズであり、関心事項でもある。

・企業の経営者がこれを検討するためには、自社の主要分野における目的が何であるかを心得ておく必要がある。というのも、目標からは、企業が使命を果たすための最小限の業績水準が導き出せるのだ。

・最近では、「企業は優れた成果をあげるだけでは足りず、優れた行いをしなくてはいけない」などという言葉をしきりに耳にする。しかし、「優れた行い」をするためには、まずは「優れた成果」をあげなくてはならない。というより、「きわめて優れた成果」をあげなくてはいけない。

・企業が、「経済面の成果をあげる」という役割をおろそかにして、経済的に賄えないほどの社会的責任を果たそうとした場合には、すぐに苦境に陥るのが常である。

・このような社会的責任の限界は、企業外の組織にも当てはまる。このため経営者やマネジャーには、成果をあげる能力を組織から失わせないようにする義務がある。たとえどれほど高尚な動機に根差していても、この能力を損なったのでは、無責任だということになる。

・このような主張は極めて受けが悪く、「革新的」な主張の方がはるかに好まれる。しかし、マネジャー、とりわけ社会の中核的な組織のマネジャーは、マスコミから英雄扱いされるために報酬を得ているのではない。責任を果たし、成果をあげるために報酬を与えられているのだ。

2. 能力の限界

・能力の限界を顧みずに仕事を引き受けるのは、無責任であるばかりか、信義にもとる。・・・(中略)・・・特に、理念にそぐわない課題に挑むのは、やめておいた方がいいだろう。

・経営層はせめて、自分たちと組織が何を不得手としているかを心得ていなくてはいけない。企業は一般に、「目に見えない」分野では全く分が悪い。企業の強みは、責任が明確で成果を測定できる分野にこそある。市場の検証、生産性の尺度、必要な収益性への要請といった縛りのある分野こそ、企業の土俵なのだ。

・「社会問題に対処するように」という求めに応じようとするなら、腰をあげる前に、解決に必要な仕事のうちどの部分に組織の能力を生かせるかを、じっくり検討した方がよい。・・・(中略)・・・たいていの分野に関しては、答えは「ノー」だと思われる。その場合には、問題がどれほど重要であっても、対処への要望がどれほど切実なものであっても、企業としては断った方がよい。対処に乗り出したところで、社会にも、自社にも、害をもたらすだけである。成果が上がらない以上、責任を果たせるはずがないのだ。

3. 権限の限界

・社会的責任を果たそうとするうえで何よりも大きなネックになるのは、権限上の制約である。憲法の専門家なら知っているはずだが、政治の世界では「責任」という言葉が単独で用いられることはない。必ず「責任と権限」というように、権限と対になって使われるのだ。

・企業の責任を問う声があがったら、そのつど「企業には、それにふさわしい権限があるだろうか。それを持つのが筋だろうか」と考えてみるべきだ。多くの分野では、企業は権限を持つべきではなく、権限がないのであれば、責任の有無についても大いに疑ってみるべきだろう。あるとすれば、それは責任ではなく、権力欲である。

自由社会においては、政府の政策によって容認あるいは奨励された活動であっても、企業はそれに携わる必要はない。距離を置いても構わないのである、ただし、政府の代わりを果たすことは、断じて認められない。経済力を盾に、自分たちの価値観を地域社会に押し付けることも、容認できない。・・・(中略)・・・企業は、権限のない分野にまで踏み込んではいけない。それは「帝国主義」である。

4. 「ノー」と言うべき局面

・企業などの組織は、権限の濫用にあたるような社会的責任を求められたら、はねつけるべきである。それが組織のためなのだ。

・組織が果たす最大の貢献、最大の社会的責任は、本来の務めをまっとうすることだ。何よりも無責任なのは、社会的責任という謳い文句のもと、能力不足を顧みずに、あるいは権限を逸脱して、本来とは異なる仕事に手を出し、十分な成果をあげられなくなることである。

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